こうかの雑記

こうかの雑記

昔の懐かしいこと、ubuntuのこと、その他いろいろ

『レベッカ』の「わたし」

レベッカ』の「わたし」

 『レベッカ』の新旧の訳の違いは先に簡単に紹介しました。今回は会話部分を比較してみました。
 一応、「わたし」についての語られている部分限定です。

 前妻レベッカは誰の目から見てもとびっきりの美人で、誰にも好かれる術を知っている人という思い込みから、主人公「わたし」はマキシムが自分を愛していないのではと不安になります。
 そこで「わたし」は周りからどのように見えているのかを会話部分からピックアップしてみました。


第四章

旧訳
「あなたとぼくとは、どうやら共通のものをもっているらしい。ぼくたちはふたりともひとりぼっちの人間なのです。」

新訳
「ぼくたちには共通の絆がある。ふたりとも天涯孤独の身の上だ。」


第九章

旧訳
「…失礼ですが、あなたは、あたしが思っていたよりは、ずっとお若いんですのね。あなたのお年齢(とし)は、マキシムからきいていましたけど、あなたは、まだほんの娘さんですわ。ねえ、きかせてちょうだい、あなたはマキシムを、ほんとうに愛していますの?」

新訳
「ところで、こんなこと言って気にしないでほしいんだけど、あなた、思ってたよりもずっと若いのね。マキシムから歳は聞いていたけど、まるっきり子どもじゃないの。ねえ、弟のこと、熱愛しているの?」

 まるっきり子ども→原文でも確かにabsolute childとなっていました。

旧訳
「あたし、あなたのその髪、もうすこしどうかなすったほうがよくはないかと思うんですけれど。どうしてウェーブをかけませんの? ごらんなさいな、こんなに長く伸びてるじゃありませんか。この上に帽子をかぶったら、ずいぶん変じゃないかしら? どうして耳のうしろのほうに、かき上げませんの?」
「…あなたみたいな、なんていうのかしら、ジャンヌ・ダーク型? とにかく、そんなふうな髪の型にしようと思ったことは、あたしはまだ一度もないわ。マキシムの意見は、どうなんですの? それがあなたに似合うとでも思っているのかしら?」

新訳
「こんなこと言って気にしないでほしいんだけど、その髪、なんとかしたほうがいいと思うわ。パーマでもかけたらどうかしら。だってぺしゃんこだもの。帽子をかぶったら最悪でしょうね。髪を耳の後ろにかけてみたらどう?」
「あのジャンヌ・ダルク・スタイルというの、あれはいただけないわ。マキシムはなんと言ってるの? そのヘアスタイル、似合うって?」

旧訳
「マキシムが、あなたというひとを南フランスで見つけたことや、あなたが、とても若くて、とてもきれいなひとだということを知ったときには、正直の話、あたしは、いくらかびっくりしました。あたしたちは、あなたをそうした土地でよく見かけるような、おしろいをまっ白に塗りたてた、モダンな、例の社交界の{蝶々|ちょうちょう}だろうと思っていたのです。ところが、さっき食事の前に、あなたが朝の間にはいってこられたとき、あたしは、まるで羽根で打ちのめされたような気がしましたわ」

新訳
「ほんとういうと、マキシムから南仏であなたを見つけた、とっても若くてとってもきれいだという手紙をもらったときは、ちょっとショックだったのよ。てっきり厚化粧のモダンガールかと、ああいうところで出会う典型的なタイプ、派手な社交好きだろうと思ってたから、モーニングルームに現れたあなたを見て、腰を抜かすぐらいびっくりしたわ」


旧訳
「…でも、あなたに癇癪を起すようなことは、絶対にないでしょうけれど。あたし、あなたは、きっと落ちついた人柄だと思いますわ」

新訳
「…でも、あなたに腹をたてることは絶対ないと思うわ、とっても穏和そうでかわいらしいもの」


第十一章

旧訳
「あなたは、それと同じくらい大切な長所、いや、じつを申せば、それよりはるかに大切なたくさんの長所を、もっていらっしゃいます。こんなことをわたくしが申しあげるのは、おかしいかもしれませんが――。なんと申しても、わたくしは、あなたのことを何から何まで存じあげているというわけではありませんからね。わたくしは独身者で、ご婦人がたのことは、あまりよく存じません。ご承知のとおり、このマンダレイで、静かな生活をしている男です。それでも、あえて申すなら、親切さと真実さ、それからまた、こういうことが許されるなら、つつましさというものは、男にとり、また夫たるものにとっては、どんな機知や美貌よりも、はるかに貴重なものだと思うのです」

新訳
「ミセス・デ・ウィンターは、同じような大事な、いえ、むしろもっとたいせつな美質を備えていらっしゃいます。わたしは独り者で、女性のことはよく知りませんし、ご存じのようにマンダレーでは静かに暮らしていますし、あまりよく存じあげないわたしがこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、どれほどすばらしい美しさや機知よりも、やさしさとか誠実さ、それに言わせていただければ慎み深さのほうが、男にとって、夫にとって、はるかに価値があるものだと思います」


第十五章

旧訳
「親切に、よく会いにきてくだすったわね。あなたにお目にかかれて、ほんとうにうれしいですよ。マキシムもつれていらっしゃればよかったのに」

新訳
「まあ、かわいい人ね。わざわざ来てくださって、ありがとう。お会いできてうれしいわ。マキシムも連れてくればよかったのに」
 まあ、かわいい人ね?

第十六章

旧訳
「ぼくがはじめてきみに会ったとき、きみの顔には、ある一種の表情がうかんでいた」と、彼はゆっくり言った。「その表情は、まだうしなわれていない。ぼくはそれを、はっきりこうと言いあらわそうとは思わない。それは、ぼくにはできないことだからだ。しかも、それは、ぼくがきみと結婚した理由の一つなのだ。だが、さっききみが、あのへんてこな芝居をしていたときには、その表情は消えてしまっていた。そのかわりに何か別の表情がうかんでいた」

新訳
「最初に会ったとき、きみはある表情をしていた。それはいまも消えていない。どういう顔つきなのかは、説明できないからしないけど。その表情があったからというのもきみと結婚した理由のひとつなんだ。いまさっきあのおかしなひとり芝居をしていたときは、その表情が消えて、まったく別のものが取って代わっていた」

第二十一章

旧訳
「ぼくの好きなきみの、あのかわいい若々しい、うっとりとしたおもかげは、永久にうしなわれてしまった。二度とかえってこないのだ。きみに、レベッカのことを話したとき、ぼくは、それらをいっしょに殺してしまったのだ。二十四時間のうちに消えてしまったのだ。きみは、すっかり老けてしまった……」

新訳
「…ぼくが好きだったあの表情、なんだか途方に暮れたような、あのおかしな初々しい感じ、あれが消えてしまった。もうもどってこない。レベッカのことを打ち明けたとき、ぼくはあの表情も殺してしまったんだ。二十四時間で消えてしまった。きみはすっかりおとなになった……」

 
 新訳も旧訳も両方共に自分で電子書籍化しているので、このような比較が出来ました。