こうかの雑記

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昔の懐かしいこと、ubuntuのこと、その他いろいろ

『レベッカ』二つの訳

 初めて読んだときから半世紀過ぎた今頃(2018年)、急にあの冒頭の夢のシーンを思い出し、もう一度読みたいと強く思うようになりました。残念ながら姉の本は既に失われていたので、アマゾンで探しました。
 中古本しか見つかりませんでした。この時、初めて新訳があるのを知りました。

 旧訳 大久保康雄訳は単行本では見つからず新潮社の文庫本で上下二巻に別れています。
    (私が読んだ本は新潮社ではなく河出書房発行のシリーズ本だと思います。)
 新訳 茅野美ど里訳はず新潮社発行ハードカバーの単行本または文庫本で上下二巻。

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表紙カバー

 大久保康雄訳は一度読んでいるので、茅野美ど里訳の単行本を買ってみました。
 新訳を読む際、最初はどうかな?と思いましたが、意外と直ぐに馴染んでしまいました。

 読み比べてみたくなって、図書館で旧訳の文庫本、上下二巻を借りて読んでみました。
 以下、比較した感想を述べます。
 両者ともに一長一短がありますね。

○旧訳は一つの段落が長いです。新訳は適度に改行して段落が短くなっています。
 新訳は段落を適度に分けてあります。
 段落分けは新訳の方が原文に忠実のようです。(ちらっと見たところですが)
 実は好きが高じて英語版も買っています。

○旧訳は翻訳当時に適切な語が無かったのだろうと思われる例が有ります。
 なので、これは仕方ないかと思います。
 新訳では、訳語において抵抗は少ないでしょう。

○文の調子は、読み比べたほうが早いでしょう。
【旧訳例】
 屋敷は墓場となった。しかも、その廃墟の中には、わたしたちの恐怖や苦悩が埋もれているのだ。もう永久に復活のときはないであろう。もし目のさめているとき、マンダレイのことを考えたとしても、わたしは、べつにそれほど悲しみはしないにちがいない。そして、あるがままの姿で思いうかべ、すこしも恐れずに、そこで暮すこともできるだろう。夏の%ばら%園や、夜明けにうたう小鳥、さては栗の木の下で飲んだお茶のことや、足もとの芝生からわきあがる海のさざめきなどを思い出すことであろう。花をつけたライラックや「幸福の谷」のことも、わたしは考えるだろう。これらのものこそ、永遠の生命をもっていて、いついつまでも消滅することはないのだ。それは、何ものもそこなうことのできない思い出なのだ。
【新訳例】
 この屋敷は墓所――わたしたちを脅かした不安や苦しみは廃墟に埋められ、二度と蘇ることはない。
 目覚めたわたしがマンダレーのことを思ったとしても、恨みがましい気持ちになるのはやめよう。それよりも、不安におののかずにここで暮らせたとしたら過ごしていただろう日々、それを考えることにしよう。夏のバラ園、明け方の鳥のさえずり、栗の木陰でいただくお茶、目の下にひろがる芝生の向こうから聞こえてくる、囁くような波の音を思いだそう。満開のライラックや〈幸せの谷〉のことを考えよう。どれもみな永遠に消え去ることはなく、痛みも伴わない思い出なのだから……。

 私は旧訳の方が雰囲気が良いと思います。新訳はあっさりとした印象を受けます。
 この例にはありませんが、会話部分は新訳の方がフレンドリーな感じの今風、旧訳には緊張感があります。
 旧訳の方が若干、文字数が多い傾向に有ります。
 新しくなるほどに現代的になって良いと思いながらも、何か時代感というか、そういうものが失われるのかなと感じます。
 どちらが良いとか悪いではなくて、好みの問題でしょう。

○ルビの使われ方
 旧訳では一度ルビをふった漢字でも、ある程度離れるとまた振られているので、読み進めるが楽です。
 新訳ではルビは少ないです。その割には難しい漢字が使われていたりします。

○訳語の相違
 旧訳は翻訳当時、一般的でなかった外来用語を使われなかったのだろうと思われます。
 旧訳と新訳がどの程度違うか、一部を拾ってみました。

 旧訳用語  新訳用語
  超人的な力 超能力       間違ってはいないけれど超能力には抵抗を感じました。
  繻子    サテン
  桔梗    ブルーベル     桔梗の英語表記はbellflower 似ている花ということか
  しゃくなげ ツツジ       シャクナゲツツジツツジ属、厳密には違う
  露台    テラス       旧訳でもテラスと訳されている箇所あり
  叢林    ジャングル、繁み
  菓子    スコーン
  衣装屋   クチュリエ
  寝室    ベッドルーム
  晩餐    夕食
  化粧台   ドレッサー
  流行性感冒 インフルエンザ
  茶碗    ティーカップ
  刷毛    ヘアブラシ
  接吻    キス
  壺     ポット
  かき卵   スクランブルエッグ
  お椀    ボウル
  粥     オートミール
  床の間   アルコープ(建築用語) 床の間は無理が有ると思いますが、適切な日本語はない。
  外套    コート
  寝間着   ネグリジェ
  暖炉    マントルピース
  化粧着   ガウン
  寝台    ベッド
  小舟    ディンギー(船舶用語)
      :
      :
     等、こんな感じです。
 新訳用語にも辞書をひかないと分からない専門用語が有ります。

 大好きな『レベッカ』を電子書籍で読めたらなぁと思いましたが、残念なことに無いようです。この著者の『レイチェル』には電子書籍があるので、『レベッカ』も是非お願いしたいところです。